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リアルさ
向井 秀徳
イースト・プレス
¥ 1,470

『小説の自由』の中で保坂和志が、カポーティの『冷血』について言及した箇所

「小説家はただフィクションを書くのではなく、リアルだと思うことをフィクションにして書く。事実を、「事実だから」といって書いたとしてもリアルになるとは限らない。というかたいてい、あんまりリアルではない。だから、『冷血』がもしすべて事実から取材して、極力事実について書かれているのだとしたら、フィクションを織り交ぜるよりも事実のままの方がリアルだと思ったから、カポーティはそうしたのだ。」(p234)

私が最近電車の中でぼやっと考えていたこと
面白い小説…ー尊歇分の近辺でこういうことがあってもおかしくないな、というのを、グロテスクなくらい的確に描写している
△△蠅┐覆だ瀋蠅髻△気睨榲にあったことかのように描いて、読者を自らの生み出した世界に没頭させる力

これを最初に考えたときは、,鉢△亙未發鵑笋蹐Δ隼廚辰討い董↓,禄性作家のほうが多く、△話棒作家のほうが多いなあと思ったのだが、
上の引用を読んで、,皚△盞覿桧貊錣笋鵑隼廚辰拭
ただ、一部の女性作家の作品は、身近にありそうすぎて、共感もできるが、副作用というかあまりに切々と心に響きすぎて読むのがしんどいし(絲山秋子、柴崎友香など)、また一部の男性作家の作品は、ようこんなとっぴなこと思いついて、それをまたリアルに描くなあと思わされる。男の人の書くもので読んでいて、自分の実生活に切迫し過ぎてしんどいものはあまりない。一方、何回も何回も再読する本は、私の場合なぜか女性作家のものがほとんど(唯一の例外が『細雪』)。その違いを、うまく説明できる自信はない。同じような実感をほかの人も抱いていないだろうか。

『厚岸のおかず』はまさしく後者だった。
「シャーク鮫川」「国立セイント・ジョン・フリン・スクール」がツボすぎた。

23:19 - comments(2)
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23:19 - -
comment
はじめまして、ちょっと前に発見してから楽しく拝読させてもらってます! 私は男なんですけど、何度も読むのは男性作家の本ばかりですwやっぱり男女で反応するところが違うんでしょうね……

保坂和志の小説論、私も読んだことあります。「小説の自由」じゃなくて「書きあぐねている人のための小説入門」ってやつですが……内容はかなり丁寧に巧みに書かれていて、納得させられるところも多々あったんですが、彼の小説論は結局自作を肯定したいというところから抜け出ていない気がします。何事も起こらない日常の肯定、ネガティブな内容の否定。私は派手な出来事が起こる話も暗い感情を描く話も大好きなので、彼の主張をそのまま受け入れることはできませんでした。てゆーか、それだけしっかりした理論を確立してるならもっと保坂さん自身の小説書いてほしいとか思ったりw
保坂さんは偏ってるけど、逆になんでもアリっぽい小説論書いてるのが高橋源一郎。「一億三千万人のための小説教室」っていうのがあって、とても面白いです。なんでもアリすぎるけど。

ではでは、お仕事大変だと思いますががんばってください。ブログ楽しみにしてます!
ZK 2011/07/18 11:50
ZKさん、コメントありがとうございます
気づくんが遅くなってしまってごめんなさい。
保坂さんの小説観は確かにおっしゃっている通りですね〜
ただ、保坂さんの書かれたものを読むたびに、文章そのものに非常に意識的というか細心の注意を払われているところに、いつも圧倒されます。
「一億三千万〜」は確か岩波新書からでてるものですよね?そちらもぜひ読んでみます。
くだらないことしか書いていませんが、楽しみにしているなどと言っていただけるとテンションがあがります。ありがとうございます!!
しまもちー 2011/07/22 01:36

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